白石湯沢温泉の伝説と由来

 今からおよそ1200年前ほどの大昔、七ヶ宿街道下戸沢宿の湯元という所に一軒の湯宿があり、ある日、みすぼらしいお坊さんがやってきて、「一夜の宿を」と願い出たところ、宿の女将さんは頭の先から足の先まで見定め、このお坊さんからはお金を取れないと思い、「今夜の宿はいっぱいです。」と断ったそうです。
 そう言われたお坊さんは「せめて、納屋でも物置でも」とまた願い出たそうです。しかし女将さんは「そこもいっぱいです。」と断ったそうです。
 困ったお坊さんは「では立ち去る前にせめて足だけでも湯につからせて下さい」 とお願いしたところ、「足だけ湯につからせるので早々に立ち去りなさい。」 と言ったそうです。

 お坊さんは喜び足を湯につかり、わらじをはいて立ち去ろうとした時、お湯がふき出している所に神社がまつられているのを目にし、まつってあったお幣束を一枚取り、湯澤の川へ流し、湯のふき出ている所へ杖を「えい!」とばかり力を入れて、突き立て、「お幣札が流れ、たどり着いた所に熱いお湯が出る」と言い残したそうです
 幾日か、過ぎたある日、お幣札のたどりついた所の田、畑のあちらこちらに熱いお湯がたくさん出てきたそうです。
 村人はそこに湯宿をはじめる人もあり、中には、このお湯がいつまでも絶えないようにと、自分の子供をささげたとの伝説もある程で、その子をまつった神社が、 あると言われています。またお幣札がたどり着いたところが現在の小原温泉と言われております。

 お坊さんが立ち去る前までは湯沢温泉はとても熱いお湯だったのですが、お坊さんが杖をついてからぬるいお湯になったと言われております。
 このお坊さんこそ、全国を行脚なされたとされる弘法大師様ではないかと言われております。
時代が下った江戸時代までにはお湯がぬるかったため利用されていなかったようです。
 ある日、この地に自噴の温泉があると聞き伝えた亘理郡坂元町の住人島田平三郎様が、この湯に体を浸かり、いやしたところ、驚くほどの効き目があったので、大いに感激し、この湯を近くの神社に奉納しました。

 話しを聞き伝え、湯治に訪れる人々が多くなっていったそうです。とくに“できもの、やけど、切り傷、はれもの、打ち身等に,よく効く温泉と評判になりましたが、いつの間にか寂れてなくなってしまいました。
 せっかくのすばらしい温泉がただ川に流されておりましたが、初代館主と現館主(二代目)が力を合わせながら、地域や関係者のご協力賜り平成6年6月15日、自分の誕生日を期して、幻の名湯「湯沢温泉」を再建いたしました。
 再建にあたり温泉の分析をした結果、日本でも数少ない「含芒硝泉」と分析され、飲用にも適したすばらしい泉質であることが判明いたしました。

 これまで多数の人々に、浴用、飲用していただき、糖尿病、痛風、胆石症、慢性便秘、慢性胆のう炎等に効き目があると話題になっております。
 現代病とも言われている、アトピー体質なども改善されているようです。
 それに何と不思議なことに、弘法大師様と先代の館主の誕生日が6月15日と同じ日であったことにおどろいております。これは弘法大師さまが「こんなにすばらしい良質な湯をただ川に流されているのはもったいない誰かこの湯を活用するものはいないか」とお探求めておられ、館主にその思いを委ねられ白羽の矢をおたてになられたのではないかと考えられてなりません。

また、湯沢温泉「旅館やくせん」の屋号は万蔵稲荷神社の宮司様に名付けていただいた「薬泉」を平仮読みにしたものです。

追伸
空海(弘法大師)は、宝亀五年(西暦774年)六月十五日讃岐国(香川県)屏風ヶ浦で生まれる。